『ユーフェミアを止めろ!』
仮面内部のマイクに向かって叫ぶ。
いや、違う。分かっていた。
この言葉に誰よりも早く反応し、そして実行する人物が誰なのか。
俺はライに向かって叫んでいたのだ。
頼むから、と。哀願すら込めて。
ユーフェミアに追いついた俺が見たのは、呆然と動きを止めた彼女とその前で膝をついている彼の姿だった。
「殺したくないっ!」
叫んだユーフェミアの瞳には、狂気の紅はなかった。
必死に叫んだ言葉にすべての体力を使い果たしたように、ユーフェミアが倒れる。スザクがその身体を支えるために走り出す。
その光景は、確かに俺の視界に入っていた。認識もしていた。
けれど、俺は「見て」はいなかった。
ただ、ひとり。ライを見ていた。
膝をついた後ろ姿。細い身体が一層小さくなったように見えた。
肩で息をしているのが分かる。酷く早く、そして細い。
「ライ」
かける声が掠れていた。
ライはその声が聞こえたのか……身じろいだ。
そして、そのまま身体が傾ぐ。
駆け寄る暇もなく、ライの身体は地面に横たわった。
紅く濡れた地面に。
「ライ!」
足が上手く動かない。走れいてるのかすら分からない。
酷く無様だったかも知れない。
けれど、それでも、一刻も早くライのもとに行きたかった。
とても長い時間走っていたような気がする。
運動のせいだけでなく、呼吸が忙しない。心臓が壊れそうだ。
倒れた身体の傍らに膝をつき、そっと身体を動かす。
肩、そして腹部から多量の血が流れ出ていた。これは、銃創だ。
腹部からの背中に抜ける貫通射創。肩は盲管射創。
そこまで冷静に考えた後、どうしようもない後悔と吐き気が襲ってきた。
ライを撃った銃の引き金を引いたのは、ユーフェミアだ。
――だが、ユーフェミアに撃たせたのは誰だ?
俺自身じゃないか!
目の前が真っ赤になった。
「自分が失わせる」という恐怖に四肢が震える。
あの夜のライを、思い出す。
覚めない悲劇の夢を繰り返し見る銀色の彼は、今俺の腕の中で紅く染まっている。
その彼の苦悩と悲しみを、俺は分かったつもりでいたのだ。
――こんなにも、違うのに。
「ライ!目を開けろ!」
命じる。
開かない。
目が開いていないのだから、ギアスが効くわけがない。
分かってる、そんなことは。
それでも――
「ライ!おい!聞こえているだろう?」
傷口を圧迫し、止血しようとしている自分の手をぼんやりと見る。
頭の中はひどく混乱していて、命令系統がめちゃくちゃだ。
どうやら前頭葉の中でも運動野の方が冷静らしく、的確に応急処置をしているらしい。
そのほかの脳機能はひどく鈍く、まるで動いていないように感じられる。
「ライ!」
「何事だ !? 」
悲鳴のような俺の声を聞きつけたのか、ユーフェミアに注目していた兵士のいくらかが俺たちに近づいてきた。
目には、警戒の色を浮かべている。
俺はその兵士たちをの姿を見るなり、叫んでいた。
「近づくな!」
最前列を歩いていた兵士の足が、ぼんやりと止まる。
後ろにいた兵士が、不思議そうに――いや、不審そうに様子をうかがっている。
――知ったことか。
俺はさらに命じた。
「近づくな!」
俺に、ライに近づくな。
銃を持ち、銃口を向け、傷つけるつもりのくせに。
母の命を奪い、ナナリーの自由と光を奪い、ライの命を奪おうとしている武器を持ったまま――
「近づくなっ!」
こちらの様子をうかがいつつ、俺たちを包囲していた兵士たちの動きが完全に止まる。
そして、ゆっくりと包囲の輪が広がり、崩れていった。
それにも関わらず、俺たちに近づく影がある。
俺は焦燥と怒りを込めて、再度命じようと口を開いた。
だが、途中で口をつぐむ。
こちらにまっすぐ近づいてきたのは、スザクだった。
「大丈夫か?」
白い礼服が汚れるのも気にせず、スザクはライの傍らに膝をついた。
思わず、ライの身体を抱えたまま後ずさる。
触れられたくない、と強く思った。なぜだか分からないまま、その本能に従う。
スザクは驚いたような、意外なものを見たような目でこちらを見た。
碧の瞳が、仮面の下を探るようにじっと見つめる。俺はなかば反射的に視線をそらした。
「……ゼロ、君にとって彼は大切な部下かも知れないけど、僕にとっても大事な友人なんだ」
「……」
「助けさせてくれないか?」
スザクが真摯に頼む。
その後ろでユーフェミアが泣きそうな表情で、必死に頷いていた。
俺は、そっと息を吐き出した。
ライの傷口を塞いでいる指先が、小さく震えていた。
手袋越しにでも、分かる。
ライの身体から生命に必要な熱が、血液とともに流れ出ていた。
考えるまでもないだろう、と思う。
「――頼む」
そう思っていたのに、実際に口にするまでに躊躇した。
触れさせたくない。
渡したくない。
死なないで欲しい。
傍にいて欲しい。
独占欲と願いがごちゃごちゃにあわさって、心をかき乱す。
冷静になれない。
ライが流す紅が……思考を奪う。
「こちら枢木スザクです。至急、救護隊を……」
スザクの無線の声を聞きながら、自分の体温を分けるように、ライの手を強く握った。
もともと体温が低いライの手は、ぞっとするほど熱がなかった。
「ライ」
それでも呼びかける。約束をしただろう、と。
傍にいると、誓ってくれただろう?
今までの言葉が嘘ではないというのなら、どうか……
祈るような気持ちで、握りしめる。
どのくらいそうしていただろうか。
救護隊がやってきて、俺の姿を見て驚く。スザクとユーフェミアの言葉に、何とか平静を取り戻しストレッチャーを用意していた。
ライを運ぶという言葉に頷き、
「軍病院に黒の騎士団の団員を連れて行くわけにはいかないだろう。租界の病院を手配してくれ」
言いながら、ライの手を離そうとしたとき――ライの指が緩い力で俺の手を握り返した。
ふいに、涙が出そうになった。
甘え方が下手なライ。
最近ようやく縋るような目をするようになった。
それでも、手を伸すのは本当にせっぱ詰まってからで……それにどれだけ歯がゆい思いをしていたか知らないだろう。
「大丈夫だ、傍にいる」
自分でも驚くほど優しい声で言い聞かせた。
スザクが驚いたように俺を見ているのが分かる。
俺は何度もライに「大丈夫だ」と言い聞かせながら、ストレッチャーとともに救急搬送車に乗り込んだ。
離れるつもりはない。
離すつもりもない。
ずっと傍にいる。誰がなんと言おうと、お前は俺の隣が相応しいのだから。
俺とお前は一対。
ようやく見つけた、俺の片われ。
今度こそ間違わない。
君を失うと仮定して
(ようやくわかった。君をどれだけ頼りにしているか。だから、失くしはしない)
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gdgdでスミマセン。
なんか途中で何を書きたかったのか分からなくなり、ずいぶん迷走しました。(´・ω・`)ショボーン.
筆が進まず、「なんでだー!ヽ(`Д´)ノ」と思っていたのですが、要するにライがいないからですね。
ライがいるけど出てこないというか……ライが書きたい、ライが書きたいんだよう。
とりあえず、騎士団編ラストの状況で誰がライを治療したのかが気になります。
やっぱりブリタニア側?黒の騎士団側はそんなに入っていないだろうし、「日本成立式典」なのだから、日本サイドがあるとも考え難い。
でも本当にブリタニアだとしたら言ってみれば「敵」なわけで、兵士たちが近づいてきたところで、ゼロは絶対近づけさせない気がするなあ、という発想から生まれたお話でした。
実際書いてみたら、警戒心+独占欲になってしまいました。
うちのルルーシュはどれだけ独占欲が強いんだ……orz
あと、ルルーシュは大事な人を失ったことはあるけど、(LCではユフィを撃っていないので)自分で大事な人を失わせたことはないのだなあ、と。
そう考えて、その辺りも盛り込もうとしたら……話がずれ始めました。
当然このふたつ「喪失」は悲しみも苦しみも、かなり違ってくると思うのです。
一方スザクは(血染めのユフィがないと)自分で大事な人を失わせた経験しかないわけで……
ちゃんと対になってるんだなあ、とシナリオに関心しておりました(笑)
ライが目覚めるところまでいかなかったのは、この方がキリがいいからです。
別の題名で、これの続きを書きたいと思います。