ゼロはかなりの厚さになった書類の束を見て、うんざりとため息をついた。
これらは、本来ならデジタル媒体にまとめられ、種類別に分けられているはずの書類なのだ。
ゼロが率いる「黒の騎士団」は、ほぼ完全な有志の集団である。
日本復興のため、ゼロの思想に共感したため、ブリタニアへの反感故に。あるいは、自分こそが上に立ちたいと欲、もしくは過ぎた好奇心……
そう言った感情が集まって組織を成しているに過ぎない。
しかも、その中核は扇たちが構成していたレジスタンスグループだ。
「……戦闘はカレンを中心に、なんとか形になってはいるが……」
事務的な処理を安心して任せることができる人材が少なすぎる。
これがゼロの目下の悩みであった。
できるだけ優秀な人材が欲しいとは思っているが、まさか新聞にリクルートを載せるわけにもいかない。
ディートハルトあたりならこれくらいの処理はそつなくこなしそうだが、こちらをやらせれば現在行っている諜報活動が疎かになってしまう。それでは、まずい。
となると、後はあてにできそうなのは一人しかいないのだが……
「何をやっているんだ?アイツは」
ため息をつきつつ愚痴ると、何をするでもなくソファーに腰掛けていたC.C.が小さく笑った。
こちらの神経を逆なでするような笑い方だ。ゼロはなかば八つ当たりだと自覚しながらも、マスク越しにC.C.を睨みつけた。
C.C.はそんな視線すら面白いと言わんばかりに、笑みを深くする。
「アイツを責めるのはお門違いだろう?」
勿論、私に八つ当たりするのも間違っている、と続けて、C.C.はソファーに寝そべる。
「アイツがここにいる時間を考えれば、信じられないくらいのスピードで処理しているぞ。それに加えて、ラクシャータからは『月下』のデータが欲しいとシミュレータに乗せられて、玉城たちからはどうでもいいような雑用を頼まれている」
ゼロはやんちゃな子どものイメージが抜けない年上の部下の顔を思い出し、青筋を浮かべた。
――玉城、相変わらず空気が読めない男め!
「玉城たちも悪気があるわけではあるまい。後輩をかわいがっているつもりなのだろう」
無表情に続けたC.C.の言葉には一理ある。
玉城の面倒見の良さはつぶしたくはない個性の一つだ。ムードメイカーとして、彼は黒の騎士団にとって得難い存在であることは違いない。
「それが組織の負担になっていては、元も子もないのだがな」
それでも文句の一つは言いたくなるのが人情だ。
ゼロは既に書類の形式にもなっていない、走り書きのような書類を見つけてしまい、頭を押さえる。
これを今から自分でまとめて処理をするのは、さすがに厳しい。
「……もう少しこちらを優先してもらわないと」
「ふふ、お前がそこまでアイツを頼るとはな」
C.C.の機嫌はすこぶるいいらしい。ネコ科を思わせる表情で笑うと、しっぽの代わりなのか、足がぱたぱたと動く。
一方、ゼロの機嫌は降下の一途をたどっている。
このふたりの機嫌は天秤に乗っているかのように、真逆であることが多い。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ」
ゼロが反撃をしようと口を開きかけたのとほぼ同時に、執務室のドアがノックされた。
タイミングを見失ってしまったゼロは、小さく首を振ってから、入室の許可を出す。
そのどことなく悔しそうな後ろ姿を、C.C.は楽しげに眺めていた。
「失礼します」
歯切れの良く、また響きも良い声がして、ドアが開く。
ゼロが待ち望んでいた相手が、そこに立っていた。
「ライ」
「遅くなってすみません。すぐに処理を始めますから」
「ああ、頼む」
ゼロが書類(と呼べないようなものもいくつか入っている)束を渡すと、ライはすでに指定席のようになっている端末を立ち上げ、すばらしいスピードでまとめていく。
カタカタと絶え間なくキーボードが叩かれ、ただの走り書きだったメモがきちんとした形式の書類になっていく。
ゼロはそんな様子を見ながら、思わず先ほどまでの言葉を口にしてしまった。
「ライ」
「なんですか?ゼロ」
「学園生活が大切なのは分かるのだが、もう少しこちらに顔を出してくれないか?」
「……?」
ライはモニタから顔を上げ、ゼロを見た。
純粋に不思議そうな顔をしているので、現在の事務処理能力の悪さを説明する。
端的に説明すれば、ライはすぐに納得した。
「だから、こんな書類がゼロのところまであがってきてるんですね」
先ほどゼロの頭を痛ませたただのメモのような書類をひらりと見せて、ライは微苦笑した。
それはまずいな、と小さくつぶやいて、首をかしげる。
どうしようか迷っている動作だ。
「頼めないか?」
「……努力は、してみますが……」
ライが使う言葉にしては歯切れが良くない。
いつも瞬時に考えをまとめ、的確な答えが返ってくるのだが。
「何か気になることでも?」
「ええ……」
ライは椅子を動かして体ごとゼロに向けると、慎重に言葉を選びながら答えた。
「学園に、大切な人がいる。最近頻繁にどこかに出ているらしくて、その人の妹がひどく心配しているんだ」
「……」
沈黙以外にどう答えればいいのか分からず、ゼロはとりあえず黙った。
C.C.が可笑しそうに目を瞬かせる。
「しっかりしている人だし、何かに巻き込まれている風でもないのだが……僕も心配で。だから、できうる限り傍にいたい」
C.C.が吹き出す寸前に体をくの字に曲げて、顔をクッションに埋めた。
その姿を視界の端にとらえながらも、ゼロは言葉を探す。
――どう答えれば、正解だ !?
ライは急に黙り込んでしまったゼロを気遣い、立ち上がる。
「ゼロ?どうか……?」
「いや、大丈夫だ!」
妙に強い口調でつっぱねてしまい、ゼロは軽く落ち込んだ。
――ダメだ、調子が出ない。
「そ、そんなにその人のことが大切なのか?」
尋ねれば、ライは「ええ」と即座に肯定した。
「僕の世界に色をくれたのが、その人なので」
言いながら微笑んだ顔が幸せそうで。
結局ゼロは、「できうる限りこちらにも顔を出して欲しい」と再度頼むにとどまってしまった。
C.C.の肩が震えっぱなしだったことは、言うまでもない。
笑いたければ笑うがいいさ。
(どうせ彼には敵わない。わかっているさ。天然だからな!)
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あれ?騎士団ルートだったっけ?(ヲイ)
しかし、呼び出したライが遅かったとき(だったかな?)「知り合いの女の子と折り紙を教える約束をしていた」とか言われたときの、ゼロの反応が可愛すぎる。
あれと同じノリで、自分と自分の間にいたばさみになったかわいそうなルルーシュ(笑)
騎士団編だと、比較的騎士団優先なのですが、ギアス編だと「どちらも大切」と言い切るんですよね。
あの辺りのC.C.との会話がすごく好きでした。
ところで。
C.C.ってライとかルルーシュとかをからかうことに関しては、けっこう笑い上戸になる気がするのは私だけですかね?
クールなC.C.好きな方がいらっしゃったら、スミマセン。
※こちらから後日談のミニ会話へ行けます。