どれに集中するか……
企画小説に集中すればいいのに、なぜかケータイ話を書き上げてしまいました。orz
つぎ!つぎこそ!企画小説!(←狼が来たぞー)
というわけで、突発ケータイ話です。
少しでもお楽しみいただければ、幸いです。
何一つ――それこそ、自分の名前以外何一つ持っていなかったライは、「自分の物」という概念が無いのかというほど、物欲が無かった。
欲しい物は?と聞けば、「……記憶?」と答えるほどだ。しかもクエスチョンマーク付き。
ルルーシュは思わず頭を抱えてしまった。
きっかけは何てことはない、日常の一場面だった。
ゼロと学生の二重生活に疲れたルルーシュが、うっかり生徒会室で居眠りをしてしまったのだ。
普段ならこんな失態は起こさない。何しろ、生徒会役員はルルーシュが完璧な居眠りが出来ることを知っているし、何より教師に見つかるよりも確実に重い罰が下されるのが目に見えている。
――例えば、山ほどつまれた仕事の処理や、ミレイの思いつきで行った行事の事後処理をすべて任されるとか。いや、それぐらいならば可愛いもので、ひとり男女逆転祭りだのひとり猫祭りだのと言われた日には、いっそ黒の騎士団のアジトに引きこもってやろうかと真剣に悩むほどだ。
そうと分かっていたのに眠ってしまったのは、結局「生徒会」に対してかなり心を許している面があり、気が抜けたというのが原因なのだろう。
原因はどうあれ、眠ってしまった事実はかえられない。「うそー!」という叫びを聞いたとき、かなり派手に肩を揺らして飛び起きた自覚がルルーシュにはあった。
瞬間的に状況が判断できなかった。眠るつもりは一切無かったからだ。
だから、シャーリーが真っ赤な顔をしている理由も、ミレイが残念そうな表情をしている訳も、ルルーシュには判断が付かなかった。
頭が真っ白になったのは本当に瞬間的なことで、数秒も経たないうちに自分が眠ってしまったことと、それにともないミレイが何か企んだのであろうと判断する。
「さて、どう言い訳するか」と考えるまでもなく、隣でライが小さく笑って言った。
「ほら、言ったとおりだろう?」
「絶対違うと思ったんだけどなぁ」
「……ま、そういうことにしといてあげるわ」
シャーリーが残念そうに唇をとがらし、ミレイが苦笑する。全く意味は分からなかったが、とりあえず、ルルーシュは微笑みを浮かべた。ロイヤル・スマイルは幼少の頃に取得済みで、誤魔化したりするときには結構利用できることを経験値で知っている。
それからわずかに視線を動かし、ライを見る。説明しろと視線だけで命じれば、ライは小さく肩をすくめた。
酷く残念そうな女性二人が退出した後に、ライはくすくすと声を零して笑った。
ずいぶんと表情が豊かになったものだと、ルルーシュは感心する。本当に表面に表れる感情が少なかったのだ。怒りも哀しみも喜びも楽しさも――どんな感情もその顔に、瞳に乗ることはなかった。
それが今では、笑ったり眉を顰めたりと、大きな表情をみせることはないけれど確かに感情を表している。
そのことを嬉しく思っていることに間違いはないのだけれど、素直に認めるのは妙に癪で、ルルーシュはライの表情について一切コメントしたことがない。
「で、何だったんだ?」
このときも、結局ライの笑顔に半ば見惚れていたにもかかわらず、平坦な声で話を進めることを選んだのだ。
ライはルルーシュの無感情な声に気を悪くした様子もなく、「大したことではないよ」と笑って見せた。
「ミレイさんが、君が寝ているようだったから何か罰ゲームを与えないといけないと言い出して」
「……あの人は」
「シャーリーもなんだかんだ言いながら結構乗り気だったから、ストッパーが要ると思ったんだ」
非常にありがたい判断だった。
ルルーシュは思わずライの手を取り、握手してみる。何が言いたいのかは十分伝わったようで、ライも一度握り返してくれた。
「とりあえず、君は考え事をしているだけで寝ていないと主張してみた」
「よくあの会長が退いたな」
「退かなかったよ。でも、証拠として積み上げっていた書類が処理されているのだと見せたんだ」
「……まさか、お前」
「まあ、暇だったし。ルルーシュは随分疲れている様子だったから」
代わりに仕事をこなし、ルルーシュの小さな危機を救ったライは、にこやかに笑った。
「貸し一つ、だな。ルルーシュ」
その言葉すら、ルルーシュのプライドの高さを把握して言っているのだろうと予想ができてしまって……ルルーシュは小さくため息をつく。
負けた、と思った。でも、それ以上に嬉しいと思った心には、嘘がつけなかった。
貸しは早々に返すに限る。
そう言ってライを連れ出したのはその数日後のことだった。
すぐさま行動に移れなかったのは、黒の騎士団の作戦があったからでもあり、こっそりとライの嗜好調査をしていたからでもある。もっとも、黒の騎士団の方はまだしも、ライの嗜好調査は全く成果があがらなかった。なにしろ、好き嫌いがほとんど無いのだ。
いや、好き嫌いすらも忘れているのだろう。
何を「好き」だと思い「嫌い」だと判断するかは、その人物の経験値によるものだ。その経験を全て忘れてしまったライにとって、ありとあらゆる物は一切の感情を伴わない「知識」と化してしまっている。
そのことに気づいたルルーシュは、もう一方的に何か役に立つ物を贈ることにした。
経験を忘れてしまったのなら、再び行えばいい。
思い出がないなら作ればいいし、感情が伴わないのなら、新たに想いを添わせればいいのだ。
そんなライを連れてきたのは、トウキョウ租界に数多点在している携帯電話ショップのひとつだった。ルルーシュも使用している機種のメーカーの直営店だ。
IDを持たないライは、当然携帯電話を持っていなかった。
今までは学園内で過ごしていることが多かったので、持っていなくても不自由していないようだが、ライの行動範囲は徐々に広がっている。持っていて不自由することはないだろうから、とルルーシュはライに携帯電話をプレゼントしようと思ったのだ。
ライは店内に入ると、困惑したように周りを見回した。
掌サイズの色とりどりの機械が並んでおり、ざっと見回しただけで30ちかくの機種があるようだ。
ルルーシュはライを振り返り、思わず絶句した。ライはほとんど泣き出しそうなほどに途方に暮れた顔をしていたのだ。
「ライ……まさかお前、携帯電話がどういう物か分からない、とか言わないよな?」
不安になった尋ねたルルーシュに、ライは少しだけ憤慨したように言い返す。
「それぐらいちゃんと知っている。携帯電話は移動しながらの通話が可能な無線式電話機だ。デジタル方式が主流で、基本的に世界共通の通話周波数を用いていて、どこでも通話が可能なものだ」
正しい。この上なく正しいのだが、かなり斜め下だ。
ルルーシュは米神に指を当て、小さくため息をついた。
「ライ、もう一度聞く。本当に、携帯電話がどういう物か、本当に、分かっているんだな?」
ゆっくりはっきり繰り返して問うたルルーシュから、ライはわずかに視線を逸らした。
そのまま視線はゆらゆらと彷徨い、最終的に自分の足下で固定される。
「……分かっている。……と、思う」
疑わしげな目を向けても仕方がないだろう。
ルルーシュの物言いたげな目と表情を見て、ライは恥ずかしそうに目を伏せた。
「どういうものかは、本当に知っているんだ」
「つまり、"知っている"だけなんだな」
「う……」
ルルーシュは小さく苦笑して、手近な機種を指し示す。
ころりとしたフォルムのそれは、最近出たばかりの最新機種だ。
「今の携帯電話の多くは通信機能だけではなく、ほかの機能も充実している」
「え?……なんで?携帯"電話"なんだろう?」
「そういうもんなんだよ。付加価値をつけたほうが売れるからな」
「なるほど」
ライはこくこくと頷きながら、ルルーシュが持つ機種をまじまじと見詰めた。
ちいさな機械に通信機能以外も入っていると思うと、ライには非常に不思議に思える。
「この機種だとゲームなどが充実しているようだな」
「……ゲーム?チェスならば少し興味があるけど、特に欲しいとは思えないな」
「だろうな。こっちは高速通信に特化している」
「高速……?」
「まあ――お前にはそれほど必要ないかもな」
ライが携帯電話でネットサーフィンをしたり動画を見ている様子は思い浮かばない。
様々な情報収集にインターネットを利用しているルルーシュも、この手の機種は使っていない。購入時にIDが必要になる携帯電話では、ルルーシュが必要としている情報を手に入れるには危険が伴うからだ。
「ほかには……そうだな。この機種はカメラ機能がある」
「カメラ……」
珍しくも興味を示した様子のライに、ルルーシュは目を瞬かせた。
画素数が最も多く、メモリを増強すれば動画も撮ることができると説明を重ねれば、ライは明らかに目を輝かせた。
ルルーシュ自身は携帯電話にカメラ機能を一切求めていないから、ライの反応が不思議に思える。
出自の関係上、ルルーシュは写真をあまり好まない。学園内であればそれほど神経質にはならないが、外で取られる画像は、どこから流出するか分からない。そういった感情上、イベントでもなければカメラが必要になるとは思えないのだ。
「他の機種でもほとんどカメラはついているが……これが一番高画質だ。これにするか?」
指し示した機種は、青をベースに銀色のポイントがついている。落ち着いた色合いはライに合っているだろう。
じっと見つめる視線にルルーシュが尋ねると、ライはこくこくと頷いた。
その食いつきぶりに驚きつつも、ルルーシュは無事にライにプレゼントが贈れたことに安堵していた。予想していたよりも喜んでもらえたようだし、満足すべきだろう。
ルルーシュのIDで購入した携帯電話は、店を出ると同時にライの手に渡された。
説明書やら充電器やらが入った箱は思いの外大きい。その大きさを両手で受け取ったライは嬉しそうに笑った。興奮しているのか、頬が紅潮している。
「ありがとう、ルルーシュ」
「……どういたしまして」
はっきりとした笑みが珍しくて、思わずまじまじと見つめてしまっただけだ。
ルルーシュは自分にそんな言い訳をしながらも、見とれてしまった気まずさに空咳をした。
「使い方は説明書を読めよ」
「うん」
「後で俺の番号とアドレスを教える」
「ありがとう」
繰り返したライの弛んだ目の色がいつもよりも深く優しい色をしていて、ルルーシュは思わず言葉を失った。
「とても、嬉しい」
「……そうか」
芸も何もなくそう頷いて、ルルーシュはライから視線をそらした。気恥ずかしくて仕方ない。
ライは大事そうに袋を抱えている。普段のライと比べると表情が華やかに表れていて、ルルーシュは心臓がトクトクとタップを踏んでいるのが分かった。
「これで、貸し借りはなしだからな」
照れ隠しにそんな憎まれ口を叩くと、ライは小さく笑ったようだった。
「まさか。僕の方が足りないくらいになってしまった。今度は僕が何かしないと」
「……それじゃ延々に終わらないだろう」
楽しそうに言うライにルルーシュが呆れを含ませて言えば、ライは「それはいいね」とさらに笑った。
終わらない関係が凄くいいと笑う顔には、わずかに陰が落ちたような気がして、ルルーシュは思わず手を伸ばした。
柔らかい銀色の髪をかき回すと、ライは目を丸くした。大きな目がこぼれそうなほど見開かれ、そして緩やかに笑みの形になる。
「まあ、終わらなくてもいいか。次を楽しみにしてる」
「うん。じゃあ次は、ミレイさんのイベント企画をできるだけ止めてみるよ」
「それ無理だろうから、もっと別のにしてくれ」
ライの軽やかな笑い声に、ルルーシュも笑みを浮かべた。
以来、ライはいつも携帯電話を持ち歩くようになった。そして、ほんのちょっとしたことで携帯電話を持ち出して写真を撮る。
例えば、ナナリーが大切にしている花壇で小さな花が咲いたとき。風にゆれる可憐な花をパチリ。
例えば、スザクが試験で珍しくいい成績を収めたとき。嬉しそうな笑顔をパチリ。
例えば、ミレイに果敢にアタックしたリヴァルがいつものごとく軽くあしらわれたとき。しょんぼりと落ち込んだ顔をパチリ。
例えば、アーサーがのんびりと伸びををしてるとき。リラックスした表情をパチリ。
特別なことは何もない。
そんな日常を切り取っては、ライは満足そうに笑う。
「そんなに気に入ったのか?」
ルルーシュが何気なく聞くと、ライは大きく頷いた。
嬉しそうにしているからルルーシュとしても嬉しいのだが、一方で、何故そんなにカメラが気に入ったのかが分からない。
「そんなにカメラが気に入ったなら、きちんとした物を買ったらどうだ」
一眼レフなどのもっと本格的なカメラを薦めると、ライはゆるく頭を振った。
「いいんだ。持ち歩ける物で手軽に撮れるのがいいから」
「そうか?それにしても、お前がそんなにカメラを気に入るとは思わなかったな」
何がそんなに気に入ったんだ?
ルルーシュとしてはごくごく自然に、疑問に思ったことを口に出しただけだ。だから、ライがそんな表情をするなんて思っていなかったのだ。
――一瞬だけだが、ライは泣き出しそうな顔をした。
すぐに誤魔化すような苦笑に取って代わったその表情に、ルルーシュは激しく動揺してしまう。今まで一度だってライのそんな顔を見たことはない。
ガチリと固まったルルーシュに気づく様子はなく、ライは些か口篭りながらも答えようとする。
そんなに思い詰めることじゃない、と。言いたくないなら言わなくていいと、ルルーシュは咽喉元まででかかった言葉を、結局舌に乗せることはできなかった。
ルルーシュの配慮よりも、ライの決意のほうが早かったのだ。
「僕の代わりに、覚えていて貰おうと思って」
「……なに?」
「自分の記憶が、あまり信じられない。記憶が戻るときに、記憶喪失時の記憶がなくなることもあるようだし……」
「っ――!」
だから、と寂しげに笑うライの姿にルルーシュは息を呑んだ。
――忘れる?ライが?今の記憶まで。
今の楽しそうな姿も、感情を取り戻した笑顔も。
それはあまりにも……
ルルーシュはとっさにライを抱きしめていた。
消えてしまうような気さえしてきて、必死で繋ぎとめようと腕に力を込める。
「ぅわ!ルルーシュ!」
「大丈夫だ」
言葉は考えるより前に、ルルーシュの口から滑り出ていた。
「お前は忘れない。いや、忘れたとしても、俺が覚えている」
「……ルルーシュ」
「俺が覚えていて全部思い出させてやる。だから……」
その後は言葉にならなかった。
ライがそっとルルーシュの背に手を回したからだ。ルルーシュの肩に顔をうずめたライが、くぐもった声で言う。
「ありがとう、ルルーシュ。ありがとう」
ありがとうを繰り返すライを、ルルーシュはただただ抱きしめていた。
ライの不安が消えればいい。大丈夫だと信じられればいい。カメラに頼らなくてもいいと思えればいい。
――ライが消えないように。
お互いの体温が混ざり合って同じ温度になるま――ふたりはじっとそのままでいた。
「……ところで、ライ」
「ん?」
「お前、他のやつの写真は結構撮ってるのに、俺の写真はあんまり撮らないな」
「……そ、そうかな?」
「そうだ」
「気のせいじゃ……」
「ない」
「……えぇっと」
「なぜケイタイを隠す?」
「なんでもない」
「嘘が下手だな」
「君に比べれば」
「――見せろ」
「嫌だ」
「見せろ!」
「嫌だ!プライバシーの侵害だ!」
「資金提供者の権利だ!」
「ぐ。卑怯だぞ、ルルーシュ!」
「何とでも言え!」
君に捧げる想い出
(を集めて、いっぱいにしよう。でも…)
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相変わらず文章が下手すぎて泣けますね。トホホ。
というわけで、ケータイの話でした。
アーニャがあんなに写真をとりまくるのは、自分の記憶の食い違いが怖いからですよね?
だったら、ライもカメラを与えたら、結構撮るんじゃないかな?と思ったのがきっかけでした。
記憶喪失が治るときに、記憶喪失時の記憶がなくなるというのはある種のパターンですが……実際にそういうことがあるのでしょうかね?
でも、ある種の脳障害(?)なんだから、何が起きても不思議じゃないのかな?人体なんて神秘だらけだ。
さて。
タイトル後に「でも」をつけたのにはわけがあります。実は、これ続きがあるんです。
以下はその続きですが、ワンクッションおかせていただきます。
【注意!】
以下は小噺本文の続きです。
ですが、今までの私の小噺ではありえない「ハッピーエンドではない続き」になっています。
この話のルートが、ギアス編ルルエンドだった場合の話であり、ライはすでに神根島で眠っている状態です。
それでもよろしければ、どうぞ。
ルルーシュが自室の掃除をしていると、一台の携帯電話が出てきた。
青いカラーリングに銀のワンポイントがついている。買った覚えはない携帯電話だ。
覚えはないのだが――なぜか捨てる気にはなれなかった。
フラップを開くと、待ち受け画面には生徒会のメンバーが一堂に会していた。みながみな笑顔を浮かべて、こちらを見ている。
驚いた。自分が笑っている。楽しそうに。
こんな風に笑った覚えなどついぞないというのに、確かに小さな画面の中でルルーシュは笑っていた。
データフォルダには写真がたっぷりと詰まっていた。
小さな花。面白い形の雲。折り紙の鶴。光を反射するグラス。綺麗な物がたくさん。
――そして、笑顔。
ナナリーが花のような笑顔を浮かべていた。
スザクが天真爛漫に笑みを浮かべ、ミレイが満面の笑みを浮かべ、カレンがふんわりとした笑顔で、シャーリーが照れたように笑い、ニーナが奥ゆかしく微笑み、リヴァルが豪快に口を開けて笑っていた。
そして、ルルーシュ自身が優しげに微笑んでいる。
愛しいと、大切だといわんばかりのその笑顔をナナリー以外に向けていた。
パタリと、水が落ちた。
こぼれ落ち続ける涙を、ルルーシュは止める術を持たなかった。
ただ、胸が痛かった。
冷たくて悲しくて切なくて――許せなかった。
「すまない」
誰か分からない誰かに、何故か分からないまま謝る。
「すまない」
君に捧げる想い出
(を覚えていられなくて、ごめんなさい)